Beauty & Chestnut

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生命とは何か -物理的に見た生細胞- (シュレーディンガー)

中学生ぐらいの頃、地学の授業で「地球は自転・公転していて、その運動で実は全くの球体ではなく楕円形になっている」という事を聞いてかなり驚いたのを覚えている。当たり前だが、地球が自転・公転していることに対してではなく、楕円形である事に驚いたのだ。楕円形になるぐらいのスピードで動いてるのなら、もしかしたらその過程において、宇宙との摩擦で地球は削られているのではないか、と心配してなかなか眠れなかった。そして、「摩擦で穴があいたらどうすれば良いのだろうか」と悩んだ。削られた細かい地球の粒子は、宇宙に拡散していき、いずれ地球はなくなってしまい、自分の住んでいる家も、学校も、無くなってしまうんだ、と悲しい気持ちになった。しばらく沈んだあと、「でも、来月とか再来月あたりに完全に削られて地球が無くなる、なんて(時間の)レベルの話ではないし、摩擦で地球が粒子になって拡散するよりも先に動き(自転)が停止するかも知れない。」と思い、「じゃあ、いっか。」と立ち直った。私の貴重な青春時代の大半は、このように浪費されていった。とはいえ、なんとも微笑ましい思い出である。

さて、本書「生物とは何か -物理的に見た生細胞-」はメガネがお茶目な理論物理学者、シュレーディンガーの著書だ。「物理学者が生物?」なんて考えるのはご法度である。ついでに、これは猫の生態について書かれた本ではない。全てのものを包括する統一的な知識を求めようとする、彼の意志の結晶(の一部)である。学術の細分化が進むにつれて、彼のような知識に対して貪欲な人が現れても、なんら不思議ではない。あらゆる事に関心を持って、それを追求していく姿勢は、なんとも素晴らしいもので、見習いたいものである。

特に興味深かったところをいくつかピックアップしてみよう。

・私たちの感覚器官は、無数の原子から成り立っている。身体と原子の大きさの比は莫大なものである。これは、原子一つの衝突の影響をいちいち受けていられないから、の解かもしれない。もし身体を構成する原子がものすごく大きいものだと、一つの原子の衝突がダイレクトに影響が出る可能性が高い。本書には書いてないが、極端な話、指を構成している原子がものすごく大きい場合、原子同士が衝突したら、あっという間に指が変形とか消失とかしてしまって使えなくなるんだろう、という事だと思う。原子自体は無秩序な運動を行うものなので、やはり少数であるメリットは何も無い上に、統計的な法則も生まれない。

・生物は「物理学の諸法則」と「物理学の別の法則」にしたがっている。一つの物質組織が思考と密接に対応するためには非常に精密な秩序を要する。この秩序に働きかける外部(他の物理的存在)から加えられる作用についても忘れてはいけない。それらは知覚や経験によって応ぜられる。この相互作用はある一定の精度までは厳密な物理的法則に従わなければならない。

・「物理的法則(=統計的法則)」と「物事は放っておくと無秩序に向かう傾向がある」は密接な関係がある。生命は一つの系であって、規則正しい物質の行動であり、秩序から無秩序へ移り変わる傾向を基としているだけではなく、秩序を維持することも行っている。つまり、生命を構成している物質は、同じ構成であっても予想されているよりはるかに長い時間「運動」を続けることが可能で、これは生命が崩壊して平衡状態になることを避けているからである。平衡状態=エントロピー最大、であり、これを避けるには周囲の負のエントロピーを摂取しなければならない。生きている間にはエントロピー代謝なるものが行われている。

生物を語るのにエントロピーを持ち出すのは物理学者(古典物理、量子力学問わず)ならではの発想だと思う。(シュレーディンガー本人は生物学に物理学の発想を持ち込む事を「物理学者が生物学に天下り」と言っている。) が、しかし、負エントロピーとは大変誤解を受けやすい単語で、実際に「生物と無生物のあいだ」では間違った解説がされている模様。一見、エキセントリックな生物論だが、専門用語も数式も出てこないので大変楽しめた。

エントロピー」とは「拡散性」であり、地球は削れて拡散していることに本気で悩んだ中学時代以来、私の中で引っかかる単語である。熱力学での用語なので、もちろんこの「拡散性」も元々は「熱」についての話であるが、情報エントロピーであれ、単なるエントロピーであれ、実に興味深いものである。そしてやはり、メガネをかけたインテリは素敵だ。