Beauty & Chestnut

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六本木にて

マンションのエントランスを出たら、雑草を刈ったとき特有の、あの草の香りがした。同時に、むっとするような熱気が押し寄せてきた。夏が来た、と思った。

私は夏が苦手である。しかし、嫌いではない。草木は青々としているし、ベランダから見える荒川も光を反射していて思わず見とれてしまうし、洗濯物を日光で乾かせるのも、この上ない幸せのように感じる。町にも活気があふれ、至る所でエネルギーの噴出が垣間見れる。業務用クーラーのかび臭いにおいも結構好きだし、一服時の飲み物が美味しい。とりわけ、この季節に飲むモヒートとキューバリバーは絶品である。

早朝と夕暮れ時は比較的楽に過ごせるものの、昼間に出かけるのは自殺行為に近い。今日は12時から、森美術館で始まった「アイ・ウェイウェイ展」の関連イベントで隈研吾さんの講演がアカデミーヒルズで行われた。(正確にはアイ・ウェイウェイ氏のイベントで、そこに隈さんがゲスト出演している形。) 11時前ぐらいに家を出て、徒歩30秒ほどのバス停に向かう途中で既に暑さにまいってしまい、引き返しそうになった。さすがにこの距離で引き返したら、気合が足りないと思ったので、強行する。冷房のある通路を頭の中で検索し、目的地へ。開始時間に少し遅れたものの、出入り自由で空席が多数残っていたため、社長出勤気分で着席。最初にアイ・ウェイウェイのコレクターと、アイ・ウェイウェイ氏本人の対談があり、その後に隈さんの講演が始まる。自己紹介を兼ねて、自身が手がけてきた作品をスライドで紹介。著書「反オブジェクト」で自分の作品について解説していたが、その当時と変わらない見解を持っている模様。建築とは、地球という大きな存在に埋めるパズルの一片のようなものだ、と仰っていたのが印象的。お気に入りの写真を何枚か紹介してくださったが、よく見ないと建築物がどれなのかわからないほど、溶け込んでいる。M2という作品がよく隈さんと一緒に語られるが、それはもう、過去の話だと思う。今の隈さんの作風は、どちらかといえばブルーノ・タウトに近く、いかに反オブジェクト、すなわち「ここにありますよ」的な環境と切断された建築を批判し、溶け込むような建築を作り出すか、を全力で実践している。日本建築の持つ「単純・明快・優雅」の精神を、日本建築の枠を超えて表現しようとしているように私には見える。

隈さんの短いお話の後、こちらもまた、アイ・ウェイウェイ氏との対談が開始。隈さんがアイ氏に気になることを質問する、という形式で進んでいたが、あまりにも会話がかみあっておらず、お互い意識していたのか、アイ氏が「質問の回答になっていなかったら申し訳ないです。」と、隈さんも「僕の質問がうまく翻訳されているのか分かりませんが」と仰っていた。隈さんの著書を数冊ほど読んだが、私は、彼は哲学者だと思う。建築家としての経歴は長いし、さすがにプロなだけあって建築事情には詳しいが、どこか浮世離れした、仙人のような印象が付きまとう。世俗的なものから一線ひいている。「10宅論」は、ちょっと下界に下りてきましたよ、といった感じの作品になっているが、彼の本領は「新・建築入門」や「反オブジェクト」のような、建築についての本だけれど、思想・哲学的な精神世界が展開されているものの中で発揮される。要するに、隈さんの作品を見ようと思ったら、考えなければならないわけだ。

隈さんとアイ氏の対談が終わった後、遅い昼食をとってメインの「アイ・ウェイウェイ展」へ。夏休みの影響なのか、今日はやけに人が多い。家族連れがたくさんいて、家族でこうやって文化的な休日を過ごせるのを羨ましく思った。単なる親の趣味だったら、子供が気の毒だけれど。エントランス付近にプーアール茶の茶葉を圧縮して固めたブロックがおいてあって、さすが現代アートだなぁ、と感心した。長時間眺める価値は無いけれど、良い匂いがする。思うに、現代アートとは、その作品自体を見ることにさほど価値を置いていない。何かについて考えるキッカケにすぎないのではないだろうか。アートは決して世の中とか俗世から独立して、かけ離れた存在ではなく、むしろ映している鏡のような存在だと思う。宗教が絶大な力を持っていたころは宗教画が発達したし、ルネッサンスは人間がテーマだったし、現代では消費社会や経済、政治が色濃く描かれている。「芸術」というカテゴリの中で唯一時代を反映していないのは書道ぐらいではないだろうか。あれはもう、個人の内面そのものを表している。話がそれた。

アイ・ウェイウェイ展を出た後、シティ・ビューに寄ったらアクアリウムが開催されていた。海抜250mで美しく幻想的な水中世界が堪能できるのがセールスポイントで、ふと去年訪れたのが懐かしくなって入ってみた。去年のほうが若干出来が良かったものの、やはりレベルが高いことに変わりはなかった。水槽と、その中を泳ぐ魚をいかに美しく見せるかを、徹底して考えている。光の演出もうまい。混雑していて良く見えなかったが、平日の仕事帰りに見計らってもう一度訪れてみようと思った。

六本木ヒルズを出ると、まだ日没まで時間があったが、ずいぶんと涼しくなっていた。夏は夕暮れ。やうやう日が沈み行く景色はいとをかし。(←文法とか適当。)