Beauty & Chestnut

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はじめてのトポロジー (瀬山 士郎)

トポロジー
何とも不思議な響きである。トッポジージョと、西田哲学(トポス)を足して割ったようなものを連想させる響きだ。もしかしたら、トッポのようなお菓子を連想するかもしれない。ロジクールのマウスでも良い。思いつく限り述べてみたが、この適当な印象は、意外と正しい。なぜなら、世の中にある曲面を正確に分類するのも、トポロジーの重要な仕事(定理)の一つだからである。西田哲学の「トポス」とも全くの無関係ではない。(西田哲学については後日。) 現代数学の1部門であるトポロジーは、固い頭をやわらかく、やわらかい頭をぐにゃぐにゃにする学問である。その柔らかさは、やわらか戦車との比ではない。トーラスを見てドーナツが食べたくなったり、鉄道線路網を見てオイラーの定理を使ってみたくなったり、知恵の輪を買って遊んでみたくなったり、スニーカーの紐で結び目を作ってみたくなったり、とにかく楽しい分野である。(スニーカーの紐の両端を留めれば、トポロジーの理解に役立てることが出来る。そのままではただの紐であるが。)

数学の歴史は古い。古代エジプトギリシアで誕生し、世界に広まった。古代中国には古代中国の数学、メソポタミアには60進数法など、独自の数学も誕生した。その後ばらばらになった数学は中世イスラムで発達した数学と合流し、ついにはヨーロッパ数学に取り込まれた。ヨーロッパ数学が主流になった理由は、証明という考え方や数学記号の合理的な使用法、その他自然科学からの影響などが挙げられる。数学は哲学と同じように、学問の根っこである。数学の概念を全く使わない自然科学は存在しないだろう。

さて、トポロジーという言葉が定着したのは、20世紀になってからだが、その歴史はユークリッド幾何学までさかのぼることが出来る。幾何学は英語で「ジオメトリー」といい、「ジオ」は大地、「メトリー」は計測という意味らしい。幾何学古代エジプトで土地の測量など、実用的な目的のために発達した、というのが定説だ。トポロジー幾何学も、「形とは何か」から出発している。ただ、トポロジーの考え方は幾何学よりもはるかに抽象的で柔軟である。「相似」や「射影」を取り込み、さらには「丸と三角は内側と外側を持つ形として共通点がある」という柔らかな視点を生み出した。その功績は大きい。一見あいまいなものを数学的に証明するのは非常に困難を伴うが、(それゆえに本書以降のトポロジー関連書籍がとても難しく感じるのだが)知的好奇心を満たすのにこれ以上相応しい分野があるだろうか?

■相似と射影
トポロジーを理解するうえで、とても基本的だが重要な事項がある。中学数学でおなじみの相似と、おそらく大学の数学で学ぶであろう「射影」の考え方。たとえば「正三角形を描いてください」と言ったとする。よほど絵心が無い人を除き、三辺の長さが同じでそれぞれの角度が60度になっている図形を描くだろう。大きさは違えども、同じものが出来上がる。「円を描いてください」と言っても同じ結果だろう。これが「相似」である。次に射影。たとえば三角形があるとする。それぞれの辺の比率を変えると相似ではなくなるが、これは、言い換えれば場所の比率を変えて拡大縮小しただけにすぎず、この作業を「射影」という。これはユークリッド幾何学には存在しない、形の扱い方である。

■輪ゴムと紐
突然だが、輪ゴムと紐の違いは何だろうか。答えは簡単。形が違うのである。紐であれば、円や三角を作るには両端をくっつける必要がある。輪ゴムであれば、円でも三角でも四角でも、一回りしている形であれば思いのままだ。(一本の直線にすることが出来ない、という点では紐に劣る。) 次に、紐は長さを変えられないが、輪ゴムは長さを変えられる、という事。トポロジーで扱う輪ゴムはただ伸ばせるだけではなく、縮めることが出来る魔法の輪ゴムとする。この、輪ゴムと紐の違いが、トポロジーが新たに発見した「形の性質」である。

■グラフと頂点と辺
ケーニヒスベルクの橋渡りの問題をご存知だろうか?ケーニヒスベルクの町の中にある小さな島と、その両岸を結ぶ7つの橋を、ちょうど一回だけ渡って元に戻ってくる散歩道があるか、という問題である。ケーニヒスベルクの地図を簡略化し、4つの点を7本の線で結ぶ。この有限個の点を有限個の線で結んだ図形を「グラフ」といい、グラフの点を「グラフの頂点」、線を「グラフの辺」という。グラフの辺を丁度1度だけ通る道を「オイラー回路」といい、一周して戻ってくる道を「オイラー回路」という。何とも興味をそそるネーミングではないか!これは後で出てくるオイラー・ポワンカレ定理を理解する上でとても役立つ。(グラフの一筆書きが成立する条件と、その証明は是非本書を手にとって確認してもらいたい。)

■ハミルトン回路
オイラー回路に良く似たもので、今度はグラフの辺ではなく頂点を一度だけ通過する道を「ハミルトン路」といい、元に戻ってくる道を「ハミルトン回路」という。ハミルトン回路は「ハミルトンの世界一周パズル」という問題でよく知られているらしい。正12面体にある20個の頂点に世界各国の名前をつけ、頂点を一度だけ通過して元に戻ることができるか、という問題だ。私にしてみれば正12面体を想像するのも困難だったのだが、トポロジーでは「展開図」というものを用意し、やっかいな12面体を簡単な平面図にしてしまう。この作業も見所である。

■そしてトポロジーはまだまだ続く
ものすごく最初の部分だけしか紹介できなかったが、このあとには鉄道ファンにはきっとたまらないであろう「鉄道路線網のベッチ図」や数学ファンが熱くなるであろう「オイラー・ポワンカレの定理」の証明や、「トポロジーといえばコレ!」なコーヒーカップがドーナツに変わる話が出てくる。そして多くの人を魅了した「メビウスの輪」の説明。不思議なクライン管。初めて知ったホモロジーホモトピーの概念。誰もが聞いたことはあるものの、実はよく理解していない「次元」の話。そして、究極の難問「ポワンカレ予想」についての言及。本書では数式をほとんど使用しておらず、数学を専門としない人にも理解できる心配りも忘れない説明。知的好奇心を始終刺激しっぱなしの「はじめてのトポロジー」。私はこれ以上面白い一般向け数学入門書を他に知らない。(エッセーの類なら沢山あるけれど。)