Beauty & Chestnut

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渇き (監督:パク・チャヌク)

―その映画は、カンヌと私に衝撃を与えた!―

凄い映画と出会った。タイトルは「渇き」。監督:パク・チャヌク、主演:ソン・ガンホ。どちらも有名な人らしい。「らしい」と言ったのは、私はあまり映画に興味が無く、自ら進んで映画館に足を運ぶことは稀だからである。そんな私を惹きつけたのは、主演のガンホさんがメチャ好みだったからだ。軽いノリで見に行ったら、良い意味で裏切られた。この映画は、単なる「背徳の愛」映画ではない。

あらすじを簡単に説明したい。
ソン・ガンホ扮するサンヒョンは誰よりも純粋で、牧師として人助けをすることのみに人生を捧げていた。しかし、祈りでは重病の人を救えず、牧師としての限界を感じていた。そんなある日、感染した人を死に至らせるウイルスのワクチンを極秘で開発しているアフリカの研究所に、自身を実験台として使ってもらうことを志願した。感染したサンヒョンは、生死の境を彷徨うが、輸血により再び目を覚ました。研究所から出た彼は、「奇跡の人」として聖者の扱いを受ける。彼に祈りを捧げてもらい、難病を克服しようとする人が後を絶たない。そんな中、かつての幼馴染と再会し、彼の家に出入りするようになる。そこで、彼の妻テジュと出会う。極度のマザコンの夫と屈折した息子への愛を注ぐ母との間で、長年家政婦のような扱いを受けてきたテジュは、この環境から逃げ出したいと思っていた。お互いに惹かれあうようになったサンヒョンとテジュは逢引を重ね、愛し合うようになる。しかし、サンヒョンはウイルスに感染して以来、人間の血を飲まなければ生きていけないヴァンパイアとなっていた。―

キリスト教では、神より授かった命を自ら絶つ「自殺」は最も重い罪となる。牧師としての限界を感じた彼は殉死を求めて研究所に向かう。しかし結果として、死の淵から生き返り、人の血を吸わなければ死んでしまう身になった彼は、「生きるための吸血」と「倫理」の間で悩み苦しむ。そして、人妻のテジュを愛してしまった彼は「肉欲」や「愛欲」に溺れていくことになる。ふと、随分昔によんだ「聖アントワヌの誘惑 (フローベール著)」という本を思い出した。修道士アントワヌ(アントニウスと綴られる事もある)が砂漠で修行中、悪魔から様々な誘惑を受けるが修行を放棄せず、最後には誘惑に打ち勝って生命の原理を見出す、という話だ。作中でテジュもヴァンパイアとなるのだが、動物的本能に身を任せるようになった彼女は欲望に従うことで「生きる喜び」を見出す。「狐が鶏を殺すのは悪いことではないのに、なぜ人を殺してはいけないの?」と迷い無く殺人と吸血を続けるテジュ。一方、聖アントワヌのように禁欲を貫けず、テジュのように奔放に生きられないサンヒョンは、その狭間で悩み続ける。自分は既に人ではない。しかし、獣でもない。もう過去の事なのに、牧師としての役割を完全に放棄することも出来ない。あたかも「生きるべきか、死ぬべきか」のハムレットのようである。

それにしても、欲望に忠実な女性というのは、なぜこうも美しいのだろう?夫と義理母の元で不自由な生活をしていた彼女は、ヴァンパイアになって自由を手にしてから豹変し、艶かしさを増していく。自分勝手に振舞いながらも、ラストシーンではサンヒョンをトランクに誘う彼女に、魔性のなかの聖性のようなものを見出すことが出来る。罪とは何だろうか。愛とは何だろうか。人間を人間たらしめるのは何だろうか。そういったことを考えずにはいられない映画だった。

この禁断の愛の結末はあまりにも悲惨である。しかし、救いでもある。

<公式サイト>http://kawaki-movie.com/

勢い余ってサントラをHMVでお取り寄せ。DVDの発売(未定)も楽しみ。