Beauty & Chestnut

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この世で見る「あの世」

昨晩、靖国神社で夜桜能を見てきた。前々から能を見てみたいと思っていたので、花見も兼ねて丁度良い機会だと思った。能に興味を持ったのは隈研吾さんの能舞台を作った話が何かの著書に書かれてあって、その能とやらは何ぞや、と思ったのがキッカケである。歌舞伎や神楽や能や日本舞踊。伝統芸能と呼ばれるものは沢山あるが、なぜ今まで廃れずに残ったのか。もちろん、手厚い保護を受けられた、という理由もあるが、誕生から広く一般に浸透する過程で何らかの要素が日本人の心を捉えたのだろう、と私は思っている。ではその日本人の心とは何か、と考察するのが最近の暇つぶしでもある。ちなみに、ただ日本人の両親がいて日本の国籍を持っているからと言って日本人だと私は思わない。自分を含め、そういった人達を「現代日本人」と勝手に分類している。私の興味の対象は現代日本人ではない。

伝統芸能に限らず、「伝統的」とされるものを調べてみると、これがなかなか興味深い。田の神様をお迎えして接待する「あえのこと」や折口信夫の唱えた「マレビト」、毎年夏になると迎える「お盆」。これらは全て「普段はここにいないものをお迎えする」という概念が共通していて大変面白い。あらゆる自然、つまり草木や川や石や風に神様が宿るという発想が始めにあり、それを元に宗教としての神道が人為的に作成された。しばらくして仏教が日本に伝わり、重層的な文化が形成されるようになった。重層的なものというのは、物理の概念を持ち込むのはナンセンスかも知れないが、質量が増し、質量が増せばあらゆるものを飲み込もうとする力が発生する。和洋折衷や和魂漢才(もしくは洋才)など、その際たるものではないだろうか。同様に、漢字は中国で生まれて韓国を経て日本に伝わった。その過程で韓国はハングル文字を新しく作ったが、日本は漢字をくずして「ひらがな」「カタカナ」を作った。この「新しく作る」と「あるものを変形させる」の差異はどこから生まれてくるのだろうか。もっと時代をさかのぼれば、稲作が伝わる前を縄文とし、その後を弥生とすると、縄文土器弥生土器があんなに違うのは何故だろうか?縄文土器から弥生土器は、とても同じ「日本人」が作ったものとは思えない変貌を遂げた。稲作は天候に左右されるので、狩猟時代と同じように神様にお祈りするような習慣があったと思うが、何故縄文土器の持つ呪術性(デザインの禍々しさ)がそぎ落とされてしまったのか。歴史の教科書で縄文土器の後に弥生土器を見せられたら、「え?なんかあったの?縄文人はどこにいったの?」と思わずにはいられない。要するに、日本はとても面白い(=謎の多い)国なのである。

さて、話を能に戻すとしよう。能というのは「あの世」と「この世」が混在する世界である。ワキと呼ばれる旅人が、亡霊や神や精霊「シテ」に出会うところから話が始まる。この世の者でない者がなぜこの世にいるのか。それを尋ねるのがワキの役割だ。仲介者としてこの世とあの世を「ワケ」、なぜこの世に留まるのか分からないシテの悩みを聞き「ワケル」のが「ワキ」の語源とされている。脇役の「ワキ」ではない。さて、「この世」は自分で作っているイメージにすぎない。能はそういうイメージを排除しているが、それでも「この世」で演じられ、存在する。「この世」と「あの世」はきっちりと乖離されているわけではなく、非常にファジィなのだ。「あの世」を視覚的に体感する能は見る人の心を揺さぶり、すごく昔に見た夢や小さい頃の記憶などを思い出させる事があるらしい。「自分を見つめる」という点で座禅と似ているが、その決定的な差は雑念を楽しむことにある。

能管の音を聞いていると、小さい頃の夏祭りの記憶を思い出した。もっとも、座席があまり良くなくて舞台が見えなかったのが主な原因なのだが、その後はずっと京都の嵐山の町並みが頭から離れなかった。能管の音の中の「和」が夏祭りの記憶に結びつき、夏の暑さの記憶が京都に結びつき、京都の記憶が嵐山の風景に結びつく。(この飛躍理由は把握しているけど秘密。) 運よく一瞬舞台が良く見えたとき、シテの持つ扇子がやはり嵐山に結びついた。(注:嵐山には扇子の専門店がある。) 休憩時間にコーヒーを買いに行ったら、コーヒーの香りがまた嵐山に結びつく。(注:嵐山には竹でつくられたドリッパーを使用しているコーヒー店があり、それが印象的だったので。) 私はよほど嵐山に行きたいらしい。雑念を楽しむ、という点において、初めての能鑑賞は合格点に達したと言えるが、やはり舞台のほうもきちんと鑑賞したいので、次回は段差が設けられている会場で鑑賞しようと思う。今年のラフォルジュルネはパスして能にしよう。

参考情報:
ラジオ版 学問ノススメ 3月16日放送分 ゲスト:能楽師 安田登
http://www.jfn.co.jp/susume/

そういや今週は万城目学がゲスト。個人的に、よく森見氏と混同してしまう・・・。