Beauty & Chestnut

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食は土にあり (永田 照喜治)

先日、板橋区西台の農園で活動している「農を楽しむ会」というサークルを訪問してきた。その日は大雨だったので、農園には入らず、案内人のNさんとの対話が中心だったのだが、遠目から見ても美しいオクラや、これから大きくなるであろう可愛らしいキャベツの苗、湿気と混じりながら漂ってくる土の香りに心が安らいだ。私はこの夏に気まぐれで家庭菜園を始めたのだが、日々成長している野菜の苗を見ていると愛着がわいてくるし、収穫できる野菜をもっと美味しいものにしたい。F1(種が出来ずに、第一世代で収穫して終わるもの)がどのように作られているのかも気になるし、古代米のような原始的な品種にも興味があるので、品種改良されたものを改良前の状態に戻すことが可能なのかも調べたい。ついでに、もっと数学を勉強して、「苗の伸びる速度」と「実ができる確率」の相関性を数式で記述できれば、と思うが、これは大分先の話になりそうだ。

他にもいろんな苗を育てて、接木や交配を行ってハイブリッド種を作ったり、落ち葉を利用して土壌の改良をしたり、実験的なこともやりたいと思っているので、そういった事を行っている人、詳しい人と接点を持ちたかったので、その日のうちに入会届けを出してきた。実際、その日お話したNさんは園芸歴数年にも関わらず、自分で微生物を取り寄せたりして忌避剤や何らかの液剤を作ってしまう、すごい人だった。すごい人のすごいところは、「この人みたいになりたい」「この人に追いつきたい」と思わせるところである。
「学んだ事は実践してみて、初めて身に付く」「出来ることは何でもやってみないと」とNさんは仰っていたが、それはNさん自身もそうしてきたからなのだろう。あの探究心には始終感心しっぱなしだった。

さて、この農園では「永田農法」という、過剰に肥料や水を与えずに、可能な限り極限状態に置き、野菜本来の旨みを引き出すスパルタ農法を取り入れている。その永田農法とはそもそも何ぞや。どのように生まれ、どういう実績があるのか、などが記されているのが本書「食は土にあり」だ。著者もこのサークルに何らかのかかわりがあるらしい。私は、野菜はもとより、全ての植物は適度な肥料、水、日光の3要素があれば機械的に育つ物だと思っていたので、このスパルタ農法の存在を知った時は驚いた。肥料を与えすぎると、植物が吸収しきれなかった分が土に残り、土壌が窒素過多になる。窒素過多になった土壌では硝酸塩が増え、栽培に適さない環境になる。そもそも肥料とはどういうものか、という事すら知らず、「ただ与えれば良い物」と思っていたからカルチャーショックを受けたことは言うまでもない。

著者の永田氏は、実家が農園を所有していたものの、農業については全くの素人で、神戸商大で経済学を学んだ後はブラジルに移る予定だったらしい。そんな折、父が他界し、土地の遺産相続などの関係で農園を引き継ぐことになった。貧相な土壌で美味しいミカンが育つことを不思議に思い、様々な実験的手法により「野菜や果物に必要なのは豊かな土壌ではなく、原生地を可能な限り再現することである」という仮説を立てるのに至り、そこから「永田農法」が生まれた。原生地は大抵の場合、養分が少ない貧相な土地であるから、貧相な土地を買い集める彼の行動を見て、周りの人は「狂気の沙汰だ」と批判し続けた。注目すべきところは、貧相な土壌で美味しいミカンが育つのを不思議に思った着眼点と、批判されても自説を曲げずに継続し続けた点である。誰もが「あたりまえの事」「常識の事」と思う現象を見過ごさずに独自の視点で研究し続け、その成果を応用して農法まで生み出した彼は、いわば農業界のニュートンである。永田農法で栽培した作物は一流の料亭で調理され、重宝されているらしい。この農法で栽培されたものがどれぐらい美味しいものなのか、今度農園で検証してみたいと思った。

農業の衰退が叫ばれて久しいが、永田氏はこれからの農業は「大規模のプロ農業」と「家庭菜園や市民農業でのアマチュア農業」に二分化していくだろうと予言した。前者がコンピュータ管理により、ある程度の美味しい作物を計画的に大量に生産するのに対し、後者は少量を手間隙かけて栽培し、付加価値が高い芸術農業の位置づけになることを意味する。都会に住んでいれば「農業」はどこか遠い国のお話になるのだが、「家庭菜園」「市民農園」は都会に住んでいても着手できるし、これまで遠い存在だった「農」がライフスタイルに取り込まれるのは面白いと思う。どのようにプロモーションするか、が重要だ。「食」に関心を持つ人は増えているが、実際に「農」にまで関心を持って行動(栽培)する人は少ないが、その分伸び代が大きいのは事実である。

我が家のベランダ菜園。最近、ハーブも育てる様になった。