Beauty & Chestnut

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末詣

先日父と浅草へ出かけた。父とはたまに一緒に出かけるが、浅草へ行ったのは数年ぶりだ。かねてから私が切れ味の良い包丁が欲しいと言っていたので、かっぱ橋道具街に行くついでに浅草も少し観光しようか、という経緯である。我が家の包丁は打製石器のようで、もしかしたら使う人にもよるのかもしれないが、千切りやみじん切りが大変困難だ。切る側の刃の、本来なら一番薄くなっている部分が幅1㎜ぐらいあるので、切るというより圧力で押しつぶすような感覚に近い。磨ぎ石で研げないタイプなので、新しいのが欲しいと思っていた。その日は天気が良く、コート一枚羽織ればそれほど寒くない気温だった。バス停の雷門前で降り、浅草寺へ向かった。

仲見世通りを歩いていると、煎餅や餅、饅頭の甘い香りが漂ってきて、なんだか楽しい気持ちになってきた。ふと、揚げ餅屋の前を通ったとき、そういえば以前懇意にして頂いていたSさんは元気にしているだろうか、と気になった。初詣に来た時に揚げ餅を勧めたら随分と気に入ってくれたのを覚えている。あの時ああしておけば良かったな、と思うことは日々の生活で多々あるが、あの人と疎遠になってしまったことはその中でも最も悔やまれるもので、自分はどういう人を必要としているか、という無意味だけど個人的に重要な問いに対して、大方この人が理想に近いものとして未だに私の頭の中で位置づけされている。The Others May Liveという言葉が座右の銘で、たしかにそういった行動をとる人物だった。随分苦労して育ったにも関わらず、他人への思いやりを忘れない良い人だった。思い出すと、いささか涙を禁じえない。

霊験あらたかといわれる浅草寺の本尊に「あと少し頑張れますように」と願掛けなのか意志を強く保つための宣言なのかよくわからない祈りを捧げ、かっぱ橋道具街の方へ向かった。初めて来る場所だと思っていたが、以前にも一度来たことがあるのを思い出した。その時は特に何か目的があったわけではなく、ただ浅草をぶらぶらしていたときに通りかかっただけだった。かっぱ橋の風景は、大阪の日本橋を少し彷彿させる。いまでもあの辺りは盛況なのだろうか。秋葉原が単なるにわかオタク向けの観光地になった今、でんでんタウンこそ電気街の真打である。そんな事を考えながら歩いていると、食品サンプルを売っているお店を見つけた。スイーツや定食、ビールなどの飲料、肉。本物と間違えそうなほどの技術の高さを目の当たりにした。そこで生肉のストラップを購入。焼いたバージョンもあったが、肉が最も肉らしいのは、やはり生の状態である。トラスをモチーフにしたLIGHTPOOL(携帯)には江ノ電と、生肉のストラップ。建築、路面電車、牛肉の3つは「明治時代」という共通項でくくることが出来なくもない。実に文明開化な組合せだ。ハイカラである。

3店目にしてようやく「これだ!」と思う包丁に出会い、すぐに購入した。スミカマのチタン加工した三徳包丁で、鮮やかなブルーが美しい。何よりも、軽くて扱いやすい。色違いもあるようだが、迷わずブルーを選んだ。良いパートナーになりそうである。まさか何店も回ると思っていなかった父は、やっとか、という顔をしていた。この包丁で美味しい晩御飯を作るから、と言ったら、少し機嫌が良くなった気がした。

我が家では毎年初詣に行く習慣がいつの間にか無くなって久しい。わざわざ正月に人ごみのなかへ出かける気がしない、というのが最たる理由であるが、こうやって休閑期に参拝して、ぶらりと観光をするのも素敵だな、と思った。良い一年の締めくくりである。