Beauty & Chestnut

栗野美智子オフィシャルウェブサイト(笑)へようこそ。ツイッターもやってます。@Michiko_Kurino

何センチメートルの身の丈

休日の朝は一杯の珈琲を味わうだけのゆとりがある。珈琲が飲むのに適した温度になるまで待っている間に、PCの電源を入れてツイッターにアクセスした。脳科学者として、またエッセイストとして有名な茂木健一郎さんの連投ツイートが画面を支配していた。彼は毎朝、10前後のツイートを投稿しているが、今朝は何やら不穏な雰囲気が漂っている。自分に対する批判ツイートに返信する形で呟いており、前向きで提案的なツイートが多い茂木さんなだけに、今朝のネガティブな投稿には少し驚いてしまった。有名人がツイッターを始めてもすぐにやめてしまうケースが多い。直接的、双方的なコミュニケーションが出来るツールなので、くだらない不合理で不条理な批判も数多く届くのだろう。有名であればアンチが多いのも無理はないが、根も葉もない噂やデマで感情的になってしまった人の批判は受け手にも感情的にさせてしまう何かがあって、あの茂木さんも少し弱ってしまったのだろうな、とディスプレイ越しに同情した。私は茂木さんを遠くから見たことがあるだけなので、「あの茂木さん」と言ってもどの茂木さんなのか自分でも分からないが、気の毒なものは気の毒である。それが有名税だ、と言い切ってしまうのも、不憫だ。

秀才には秀才の悩みが、イケメンにはイケメンの悩み、有名人には有名人の悩みがあって、単純に利益ばかりを被っているわけではない。知り合いが多い人はその分摩擦やドロドロしたものを直接的、または間接的に接する機会が多いだろうし、知り合いが少なければ少ないで孤独である。多くを求めずに現状に満足して幸せになることはそう難しくないが、良くも悪くも飽きが来て、退屈になってしまう。足るを知ることは、足るを忘れてしまうこととセットなのだろう。そしてまた、忘れた後に思い出す。時々上を見て何かを目指して努力する。少し疲れた頃に受容というプロセスを経て満足する。年収1000万を目指すことも、年収150万で幸せに暮らし続けることも、同じぐらいの工夫や努力が必要なのではないだろうか。香山も勝間もホリエモンもsayuritamakiも、多分同じぐらい大変だ。私は時々年収1000万円を目指し、また時々年収300万で幸せに暮らす方法を模索し、時々出家や農家になることを考え、また時々都会のど真ん中でぎゅうぎゅうと暮らすことを考える。(私には年収150万円の生活で楽しく暮らすことはハードルが高すぎる。) しかし、不親切なので、きっと他人に何かを提言することはないだろう。