Beauty & Chestnut

栗野美智子オフィシャルウェブサイト(笑)へようこそ。ツイッターもやってます。@Michiko_Kurino

みちのく雪譜

雪国の朝は美しい。川端の雪国よろしく「夜行バスの長い一夜が明けてカーテンを開ければ、そこは雪国だった。」である。白い。とにかくあたり一面が白いのである。そして次に思ったのが、「柔らかそう!」だった。本当に柔らかい事が、青森市内のバスターミナルに着いてから確認できた。柔らかい雪をパウダースノーと言うらしく、確かにパウダーのような細かさはあるのだが、どちらかといえば羽毛スノーである。とにかく、羽毛布団の羽毛のような感触であり、そのまま寝転べば一瞬だけ幸せな気持ちになれることは確実だ。ただし、一瞬が過ぎ去った後の二瞬目からは凍傷に気をつけなければならない。雪見温泉を堪能しに遠路はるばるやって来た私は、早くもバスターミナルを降りた瞬間に満足感を覚えた。湿度が高いせいか、あまり寒くない。最終目的地の八戸の空気は乾燥していて、突き刺すような寒さだったが。

雪国の暮らしはモダンである。冬の雪国は初めてで、小学校の社会科で学習した程度の知識しかなかったのも一因であるが、誰も雪駄なんか履いていないし、ましてや藁の被り物なんか身に付けていない。除雪車は近未来的な風貌で町を行き来し、施設内の暖房の効き具合はどこも完璧に近い。都心よりも快適な住空間なのではないか、と思った。また、市街地にある銭湯は朝から賑わいを見せ、パティオに積もった雪を見ながら入る露天風呂は最高の贅沢だ。文字通り頭寒足熱である。のぼせないので、長い時間入浴することが出来る。(しかし、濡れた頭髪にとっては過酷な環境である。) こちらの人はあまり朝から喫茶店に行く習慣が無いせいか、市街地のエクセルシオールでは貸切りに近い静かな環境で丁寧な接客を受けることが出来た。1杯のコーヒーでどれぐらい高い満足度を得られるか、というコーヒー指標なるものを仮に作ってみたとすれば、おそらくここはトップ5に入ると個人的に思う。

雪国は食材に恵まれている。食べ物が美味しい。メジャーな食材は築地へ行ってしまうが、マイナーな食材は一番美味しいところが県内に残っているのではないだろうか、と推測している。その件については、いつぞやのレストラン山崎の日記で触れた気がするので、今回は省略する。教訓としては、大間のマグロは都内で食べるべし、だろうか。間違っても駅中にある暴騰気味の寿司屋で食べてはいけない。ただし、日常的に募金やチャリティに関心を払っている人は別の楽しみ方ができるかもしれない。マグロ漁船の1日の燃料代が約3万円なので、1貫に1200円出すと、良い事した気分になれる。否。そう思わざるを得ない。弘前のレストラン、りんご酢、スチューベンジュース、岩木山付近で取れたリンゴのジュースあたりがお気に入り。スチューベンはデラウェアよりも美味しいが、種を取りながら食べるのは大変なので、加工品に限る。シャモロックも次回訪れた時に食してみたい。名古屋コーチンを超えるだろうか。鶏肉に限って言えば、都内でも美味しいものは少ない。第一、ゲージ飼いの鳥が美味しいはずが無い。美味しい食材には広い大地が必要なのである。

さて、新青森からさらに3時間ほどバスに乗って三沢にある青森屋という宿に着いた。地域の特色を活かした経営手法で有名な星野リゾート系列である。県内には他に奥入瀬渓流ホテルや界 津軽がある。界 津軽は写真でしか見たことがないが、おそらく八甲田ホテル(こちらも写真のみ)に匹敵するのではないだろうか。少し前までは、ホテルはベッドと風呂があれば後はどうでもいい程度の関心しか無かったが、婦人画報を購読し始めてから気になりだした。やっぱり、空間やサービスは旅の大事な要素である。レジャーではなく保養が目的なら、迷わずワンランクアップを選択したい。

話がそれた。青森屋について書きたい。訪問する前からバスの手配などで何度か電話してスタッフと話した時に思ったのだが、方言がめちゃくちゃ可愛らしい。(高揚していない)韓国人女性の話す韓国語が小鳥の囀りだとしたら、青森屋のスタッフの方言は昭和歌謡のレコードである。電車や市内の銭湯で聞いた青森弁(?)と少し違うため、観光客向けに意識して調整した方言だと推測するが、可愛らしさと暖かさに、ほんの少し抜けた感じを加えたテイストである。都内のグランメゾンのようなキリっとしたパーフェクトな接客とは違った良さがあり、訪問者に出来る限り楽しんでもらおうという意欲が感じられた。部屋はインターネットで見るよりも広いし、本が二、三冊あれば一歩も外出しなくても過ごせる快適さである。日没後に入る露天風呂は幻想的で、浴場内は木造なので、どこか懐かしくて暖かい雰囲気が漂う。夕飯は地元の食材を堪能してもらおう、という趣旨がよく理解できるものだった。素朴な良さがあるが、もう一手間加えればさらに良くなりそうな感じ。朝食のバイキングは選ぶ楽しさがあった。和食好みにも、洋食好みにも対応できるメニュー。納豆が国産であれば言うことなし。

さて、再度訪問したいか、と聞かれれば即答しかねる部分がある。それは青森屋に起因するものではなく、八戸市の観光資源に由来する。青森県内で経済が発展しているところは八戸らしいが、私は青森市内や十和田周辺の方に魅力を感じる。もしかしたら、いろいろと見落としてしまったのかも知れない。しかし、青森屋が青森市内から1時間以内で行けるのなら時期を選ばずに訪問したいと思うが、3時間なら何かのイベントと重なった時期でないとなかなか難しい。青森市内に定宿をおいて、ふらりと訪れる、という方法がベストだろうか。しかし、良い宿であることは間違いないし、横丁が営業をしている夜に八戸市を訪れれば違った印象を抱くかもしれない。