Beauty & Chestnut

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囀る魚 (アンドレアス・セシェ)

今年の冬は一段と寒かった。年明け早々にパンクした自転車のタイヤを放置してしまうほど、サイクリングのサの字も思い浮かばない生活をしていた。寒さが和らぐまでの間、と自分に言い聞かせて愛車を部屋の隅に追いやり、代わりにジムへ行ったり和菓子教室へ通ったりしてそれなりに楽しく過ごしていた折、急に何か小説を読みたい気分になった。そうそう、とアマゾンの欲しいものリストをあさり、数年前に加えていたもののその後すっかり忘れていた本を数冊発注した。アンドレアス・セシェの「囀る魚」もその1冊である。どういう経緯でこの本が欲しいものリストに加わったのかは全く思い出せない。しかし、非常に読書意欲を刺激する、非常に楽しい本であった。


主人公はヤニスという内気な青年。本が大好きで、新しい本を買いに行くときはしっかりと朝食をとる習慣を持っており、それを「書物と朝食。どちらも命の糧だが、(中略)共に味わうことができるということを熱心に証明したい」と思っているような、本の虫である。もはや彼にとって読書は命をつなぐための手段なのである。そんな彼がある日不思議な本屋にたどり着き、そこで一人の女性と出会った事から運命が少しずつ動き出す。リオと名乗る女店主はこの世のありとあらゆる本を知り尽くしたような人物で、ヤニスと意気投合をするがある日姿を消してしまう・・・。リオはどこへ消えたのか。また、平行して進むアーサーという男のストーリーはどう絡んでくるのか。そしてリオの正体は。ファンタジーとミステリーが紡ぎ出す、テンポの良い1冊だ。


さて、本好きの二人が出会うのだから、当然話題は本の事になる。これが大変豊かな内容で、小説でありながら書物論であり、全ての読書愛好家が読みながら何度も頷くものとなっている。たとえば私が一番「わかる!」と共感したのは書物と飲み物の関係について。少しだけ引用したい。

心を鎮める紅茶、刺激を与えてくれるウイスキー、赤ワイン、そうしたものに彩られると、文章の印象が強まる。だからヤニスは、そうした飲み物を「読書の滴」と呼んでいた。(P.98)

書物と飲み物のマリアージュ。何という素晴らしい発見だろうか。お茶だけでも、感覚を研ぎ澄ませてくれるようなミントティーや、寒い夜に飲みたいスパイシーなチャイ、新緑まぶしい春の日を連想するダージリンなど無数にあるので、書物と飲み物だけで一冊の本が書けそうであるが、結局のところは何かと結びつくことによってより豊かな時間を紡ぎあげるという事である。ヤニスもきっと、千一夜物語を読みながらミントティーを飲み、白夜を読みながらレモンティーを飲んだに違いない。


この本を読み終えた後に華氏451を読んだ。こちらは書物を読むどころか所持することも禁止された世界のストーリーである。華氏451のレビューも後日書きたいと思っているが、リオがもし見つからないまま物語が終結したら、こんな世界になっていたのかな、とまったく無関係な2冊をアナザーストーリー的な結びつけをして楽しむ事が出来た。本がテレビやラジオ、ネットよりも特段優れているとは思っていないが、読書には愉楽のようなものがある。