Beauty & Chestnut

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チェロを習い始めた話 3か月目

先月のレッスンで歓びの歌が(譜面をなぞる程度に)弾けるようになったので、2月はシューベルトの子守唄とエーデルワイスを習った。1月はほとんど時間がとれず十分に練習できなかったが、2月の前半も結構予定が入っており同じぐらい練習が出来なかった。中旬から余裕が出てきたので12月頃のように週2で弾くようにした。ふとした折に電子ピアノに録音機能があったのを思い出し、チェロも録音してみれば何か上手くなるヒントが見つかるのではないか思ってスマホに録音アプリをインストールしてみた。これで上達の速度が上がるだろうと思った矢先にコロナで世の中が騒がしくなり、あっという間に音楽教室が休館する運びになった。

これは休館になる2日前に録音したエーデルワイスである。油をさし忘れた蝶番のような音がしているが、10回ぐらい聞けば耐性が付いて耳が慣れる。チェロを始めて3か月。初月は熱心に月10時間ほど練習し、2か月目と3か月目はその半分ぐらいなので、約20時間でこれぐらいの習熟度になる。もし毎日1時間練習していたら3か月だと90時間になるので、そうすれば今頃ビブラートの練習でもしていたのだろうか。ともあれ、いつも先生から言われるうえ、自覚できるほど右手首が使えていないので、練習できる時は手首を柔らかく使うよう意識した。その結果今度は左手への注意が希薄になり、ずれた音程が出るようになったり、別の弦を押さえてしまったりで中々散々だった。

さて、また防音室が借りられるようになったら下記を改善したい。
・移弦を伴うスラー
・弓の残りをもうちょっと考慮してボウイング
・とにかくボウイング

先月はとにかくやりにくいと感じていたスラーが今月は少しマシになったが、移弦を伴うスラーは意識が散漫になりやすく、弓を返さないことに気を取られて弦を押さえるのを忘れてしまったり、間違った場所を押さえてずれた音程が出たりした。また、アップとダウンは楽譜通りに心がけているが、分量を考えずに動かすので長音であと1秒、という所で弓が足りなくなる事も。もう少し考えて動かそうと思う。課題はとにかくボウイングなので、開放弦でも何でもいいので正しい軌道で手首を柔らかく使えるように練習したい。さて、丸二週間チェロに触れないので何をどうしようか・・・。

オペラ入門(許 光俊)

去年の11月ぐらいにヤヴォルカイ兄弟のコンサートへ足を運んで以来、毎月3~5回ぐらいクラシックのコンサートに行っている。どの演奏会もそれぞれ個性があって素晴らしいのだけれども、とりわけ印象に残っているのが1月に行ったクトゥレーロ氏が指揮するウィンナー・ワルツ・オーケストラと、同月に開催された読響 下野竜也氏が指揮するペスト流行時の酒宴の2公演である。ペスト流行時の酒宴についてはそれなりの時間を費やして予習をしたので別の機会にでもじっくり述べたいと思っている。


さて、クゥレーロ氏のチケットを取ったのはヤヴォルカイ兄弟のコンサートで指揮をしていたのとは全く関係なく、その日上演予定の1曲である魔笛の夜の女王のアリアを聞きたいからであった。いきなりオペラ鑑賞に挑戦する前に、有名アリアを生で聞いてみたいと考えていたタイミングと重なったのである。私はオペラについて殆ど何も知らず、とりあえず30代半ばになったら薔薇の騎士でも鑑賞したいな~、と思いつつ機会に恵まれず34を過ぎた程度である。ちなみに薔薇の騎士は日本語字幕付きでYouTubeで公開されているのを知って先日見てみたのだが、年下男性の良さがあまり分からないのと、30代と思われる主人公の元帥夫人が「もう私はお婆さんだわ」と嘆くのと、好きな人を諦めて若い女性に譲る決断に共感できず、何となくモヤっとしたものが残った。役者に憑依型と呼ばれるものがあるように、聴衆にも憑依型があるのである。登場人物の誰かに自分がシンクロしたような状態で鑑賞できなければ、どこまでも他人事でしかない。しかしオペラ作品として非常に素晴らしいので、もっと多くの人に見てもらえれば良いなと思う。

R. シュトラウスばらの騎士 (C. クライバー, 1994年)【全曲・日本語字幕】
https://www.youtube.com/watch?v=NjxDQnBFtuw&t=12s

さて、話を戻そう。オペラ作品と、その作品の元になる原作(文学作品)をいくつかは知っているものの、改めてオペラとは何かと聞かれると答えに窮する。そこで本書、「オペラ入門」である。


■オペラの誕生
オペラは1600年頃、イタリアで誕生した。operaは「仕事」や「作品」などの意味を持つとの事。英語で言う所のworkだろうか。当時イタリアは今の様に1つの統一された国ではなく、小さい国々があり、それぞれに領主や王様が存在した。統治者の中には芸術家の保護・育成を好むものも多く、現在イタリアが文化的に優れているのはこうした歴史的な背景があるからだと言われている。古代ギリシア文化に興味を持つ文化人が増えたのを機に、古代ギリシアの演劇を再現してみようという流れが生じた。当時古代ギリシアの演劇はセリフを喋るのではなく歌ったのではないか、と考えられており、イタリア全土で試作された。数ある作曲家の中でもモンテヴェルディがオペラ創成の一役を担った。


■オペラ黎明期 バロック・オペラの時代
イタリアで誕生したオペラはヨーロッパ中で流行し、イタリアでは歌の美しさが追及され、フランスではフランス語の美しさを活かす歌い方が追及された。いずれも宮廷や宮殿など、聴衆は王侯貴族に限られた。ルイ14世もオペラに魅せられた一人である。鑑賞者を驚かせるような大ぶりな演技、劇的なコントラスト、絶望した直後に神様が登場してハッピーエンドになる荒唐無稽なストーリーはバロック・オペラと呼ばれた。しかし、モーツァルトの登場により、大ぶりでないオペラも作られるようになる。彼の作った音楽がとても軽快なように、オペラもまた等身大のストーリーなのである。彼の作品「フィガロの結婚」「魔笛」は毎年どこかで上演されているので、機会があれば見てみたいものである。また、ドイツ・オペラ最初の傑作を作ったウェーバーも忘れてはいけない。魔弾の射手も魔笛と同じぐらい日本で目にする機会が多いように思う。


グランドオペラの登場 宮殿から劇場へ
フランス革命を機に、市民の台頭が見られるようになりオペラもまた変わらざるを得なかった。これまで王侯貴族を主な観客としていたオペラであるが、徐々に市民の物として根付いていくのである。それに伴い、聴衆が好むような喜劇や見せ場の多い悲劇が増えてきた。しかし、パリ市内に劇場は増えたものの、何が上演されるかは政府の検閲があった。マイアベーア、アレヴィが活躍した。


■オペラ百花繚乱
17世紀に誕生したオペラは19世紀に入り、豊かな実りの時期を迎える。ワーグナーシュトラウス2世、プッチーニリヒャルト・シュトラウス達の登場である。バロック・オペラ以上にバロック的な過剰の人ワーグナーは今なお熱心なファンが後を絶えない。人柄に問題があり、社会的にも良くない影響を与えた彼であるが、「さまよえるオランダ人」「ニーベルングの指輪」「パルジファル」などの大作を残した。ちなみに私は日清カップヌードルのCMでワルキューレの行進が使われていたのが記憶に強く残っており、ワーグナーといえばカップラーメンの曲の人、という位置づけである。カップラーメンの曲の人であるが、ここまで熱心なファンに恵まれる氏の作品を1度ぐらいはきちんと鑑賞したいと思っているので、今年上演されるマイスタージンガーには足を運ぶつもりである。たぶん。

しばらくはワーグナーのような重厚、壮大、悲壮的な作品が多く作られたが、19世紀半ばになるとその反動として軽やかで滑稽で娯楽性が高い作品も作られるようになってきた。ワルツで有名なシュトラウス2世の「こうもり」、オッフェンバックの「ホフマン物語」などが挙げられる。ホフマン物語もほぼ毎年日本で上演されるので、どこかのタイミングで見に行く予定である。また、ワーグナーと同じぐらい人気のあったプッチーニも忘れてはいけない。「トスカ」「トゥーランドット」「蝶々夫人」「マノン・レスコー」などが有名で、繊細さと儚さが作風として紹介されている。マノン・レスコーは小説で読んだが、登場人物はそこまで多くなく、物語が淡々と進んでいくので編集しやすいだろうなぁ、と思った。そこまで関心は無いが、安いチケットがあれば1度ぐらいは見てみたい。また、ワーグナーの次にドイツ・オペラ界を沸かせたのがリヒャルト・シュトラウスで、「サロメ」「エレクトラ」そして冒頭の「薔薇の騎士」が知られている。


■時代を反映した現代のオペラ
時は過ぎて20世紀、まさに激動の時代である。かつて強烈な社会主義国であったソヴィエトに生まれたショスタコーヴィッチは豊かな才能に恵まれたがその作品は政府から賞賛と批判を繰り返し受け、苦労が絶えなかったという。しかし代表作「ムツェンスク群のマクベス夫人」はヨーロッパで高く評価され、アメリカでも上演された。また、バレエ曲「春の祭典」で知られるストラヴィンスキーもオペラを作っている。新約聖書にインスピレーションを得た「放蕩者のなりゆき」は救いのない物語で、「なぜこのシーンでこの音楽?」と観客に一瞬疑問を抱かせるが、かえって効果的な役割を果たし、儚さやもはや手遅れなのに足掻く人間的なさまを描いている。大戦を経験し、「人類とは何か」と考えたからこそ誕生した作品だろうか。かつてオペラは物語から着想を得ていたが、20世紀になって世の中を取り込むようになってきた。原爆の開発を命じられた博士たちの苦悩を描いた「原爆博士」(アダムズ)も必見である。


■一度は本場で
本書では様々なオペラ作品が紹介されているが、許氏は徹頭徹尾「本場で見る事」を推奨している。海外でスシを食べた外国人が来日せずにスシの旨さを語ることに違和感を持つように、オペラが好きならヨーロッパで2~3作品見なければ本当の良さが分からない、という理由だ。さすがにヨーロッパとなると旅費が高すぎるのと長期休暇の取得が難しいのですぐに行けるわけではないが、もし日本でオペラを見て気に入ったのなら、氏の言う通りにバックパッカー旅で行ってみるのも悪くないかもしれない。勤め先でオランダ本社への出張のチャンスを貰うのが一番懐に優しくて理想的ではあるが、これはかなりハードルが高そう。ともあれ、自分で行くにしろ本社出張を狙うにしろ、英語ともう一つぐらい外国語を学んでおく必要がありそうだ。今年はもう一度ドイツ語でも始めようかなぁ・・・。

チェロを習い始めた話 2か月目

来年からは曲をやりましょう、という事で12月のレッスンを終え、年を越して初レッスンを迎えた。前回から2週間近く空いてしまったため、最初は指が動かしにくいと感じたが徐々に感覚を取り戻すことが出来た。年末に教室のオリジナル曲と歓びの歌の2曲を練習しており、まずはオリジナル曲の方を1回演奏して特に問題が無かったのでサクッと歓びの歌へ。1か所だけ難しいところがある旨を伝えると、ボウイングを工夫することで弾きやすくなるとアドバイスを貰った。そもそもボウイングが上手くないので、練習が必要な事に変わりはない。スラーが特に苦手で、1音1音弓を返したくなるので気が抜けない。1月のレッスン3回分で歓びの歌を大体完成させ、「先に進んで、いつか戻った時にあっさり弾けるようになることもあるから次へ進みます」との事で2月からはシューベルトの子守唄を弾くことに。


話は少し変わるが、自宅でチェロを弾くのが困難なので、代替案として左指をスムーズに、そして強く押さえるトレーニングのために電子ピアノを購入し、1月中旬に納品してもらった。

ある程度弾けるようになったらチェロの伴奏を自分で録音してしまおうとも思っているので、一石二鳥である。まずはハノンからやろうと思い、20年ぶりぐらいに全音の青いテキストを手にした。ハノンの良いところは上りと下りの1小節、折り返し手前の1小節、最後の1小節を覚えれば簡単に弾けるところで、楽譜に音符が沢山あるので物凄く弾いている感がある。メトロノームを使えばちょっとしたリズムゲーである。単調な練習曲が続くように見えるが、結構トリッキーな運指の曲もあるので、飽きない。第2部になると見開き1ページになるので、何となく豪華な気分である。まだ到達していないが、第3部は結構テクニカルな印象を受ける。また、指と指の間を広げる練習曲もあるので、チェロ(の左手)に本当に役立つ。


で、その後のチェロのレッスンにどう影響があったかと言えば、慣れも多少あるのかも知れないが、今まで左手は押さえる事を意識せざるを得なかったが、ハノン導入してから「弦を押さえる」というよりも「音程を取る」という感じで指を動かすことができるようになった気がする。マイナスの影響としては、元々そういうクセがあったのだが、指1本だけで音を取ってしまう傾向が少しだけ強くなった。例えば小指で音を取る時は、使っていない人差し指~中指も押さえるのが正しいのだが、私はうっかり小指だけで済ませてしまうので注意が必要である。