Beauty & Chestnut

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三都遊周紀

土曜の朝6時43分発の新幹線で、私は東京を出た。車内では読書に没頭するはずだったが、東京を離れることに一抹の不安を覚えた。翌日には戻ってくるにも関わらず、後ろ髪を引かれるような、足取りの重いような。ただなんとなくそわそわしながら、書に向かい、窓の外を眺めたり、を短いサイクルで繰り返していた。

静岡を出てしばらくした頃、丁度(夏目漱石の「三四郎」で)野々宮君が妹に呼び出されて病院へ向かい、一人残された三四郎が女性の轢死の場面に遭遇するあたりを読んでいたら、車内の放送で、気分の悪い乗客が出たので医師または看護師が乗っていたら協力を要請する、といった内容のものが流れた。いくら乗客の多い新幹線とはいえ、医師が乗り合わせている可能性は低いと思う。外は田園が広がっていて、病院へ運ばれるにしても、時間がかかりそうだ。気分が悪いって、どの程度なのだろうか。病院に行きたくても、すぐに行くことのできない不自由な環境で、さぞや本人は不安だったに違いない。幸い、しばらくすると、医師が乗り合わせていました、といった旨のアナウンスが流れた。次の停車駅で降り、病院に向かったようである。

この一件があったせいだろうか。なんだか無性に引き返したい気分になった。何しに関西まで行くの、と自問自答が始まり、本気で帰ろうと思えば帰れるのに、帰らない私は一体何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、わからなかった。数週間前に伯母から祖母が倒れて入院した事を聞いて、私より一週間早く母がお見舞いに行ってきた。普段強気な母が「今回はさすがにちょっと・・・。」と洩らしていた。祖母には小さい頃、よく遊んでもらった。その祖母が、ずいぶん弱っているらしい。とにかく実際に、自分の目で祖母の様子を確認するまでは何もわからない。だけど元気だった祖母を知っている分、会うのが怖い。

京都駅に着いて、ホテルに荷物を預けに向かう。目的地は兵庫なので、京都に宿を取る必要性はまったくなかった。駅前のホテルまでの道のりも、長く感じた。自分の行動のすべてが、矛盾だと思った。私のような人間が世界の多数を占めたら、経済も政治も、瞬く間にそのシステムが破綻し、あらゆるデータを駆使して導き出された精密な予測などは、テレビの星座占いレベルに堕してしまうにちがいない。

京都を出て、大阪港あたりをうろうろしている頃には、なるようにしかならない、と開き直っていた。ここまで来たんだから、何があっても受け止めようという気になっていた。その後市内に戻り、兵庫へ向かう。空は曇り。いまにも雨が降り出しそうな空模様だった。