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姜尚中の政治学入門 (姜 尚中)

一番最初に読んだ姜尚中の本は確か「悩む力」だ。帯に載っていた本人の写真を見て、なんとなく読んでみたくなった。マックスウェーバー夏目漱石を引用しながら、時代は変わっても人間というのは変わっていない、存分に悩みなさい、といった内容のものだったと思う。知的で洗練された文章、語りかけるような文体、何よりも帯の写真に瞬時にノックアウトされ、私の中では「姜 尚中って名前の政治学者」から「姜サマ」である。そこらの韓流スターよりもカッコいい。「ニッポンサバイバル」では不確かな時代を生き抜くヒントを説き、「姜尚中の青春読書ノート」では青春時代に読んだ本を彼独自の視点で、自身の生い立ちの話を絡ませながら評している。(丸山真男さんを好意的に評してくれているのに好感を持った。)

彼の本職は政治学者である。肝心の政治学についての本を読むまでに回り道をしたけれど、なかなか興味深い本だった。「アメリカ」「暴力」「主権」「憲法」「戦後民主主義」「歴史認識」「東北アジア」の章を設け、「アメリカ」の章なら、アメリカとは何なのか、から解説している。政治学の本を読むときに気をつけないといけないのは、著者の言っていることを鵜呑みにしないこと、だろうか。過去に起きた事は事実であるけれど、それをどのように評価しているか、人によって随分違う。たとえば「戦前の日本はウルトラナショナリズムだった」と姜尚中が言っていても、それはどうなのだろうか、と疑うことが必要である。年表に付随する出来事の真偽についても、自分で考えなければいけない。本書では取り扱われていないけれど、慰安婦問題や近隣諸国に対する賠償についての問題が、「自分で考えなければならない」類にカテゴライズされるだろう。政治学のみならず歴史学についても、少し離れた視点を持って読むことが読者に問われる。この緊張感がたまらなく快感である。

憲法とは何か、という問い一つにしてみても、いろいろな立場の人がいる。「主権者の政治的意思こそが究極の根拠であるという立場と、憲法の内在的な独自性を重んじる立場がある(P.84)」のように、大まかに2つの立場に分類することができるが、前者の立場だからといって改憲を主張するとは限らないし、後者の立場だからといって護憲かといえば、別問題になる。改めて憲法とはどういうものであるのか、と議論してみても楽しいかもしれない。

姜尚中は「憲法を現状に合わせる必要は無い」という意見を持っている。憲法は独自の存在でなければならない、という価値観のもと、自民党の新憲法案を批判している。「自民党の新憲法案はそういった意識(補足:日本には固有の文化があり、それを支える自然、伝統があり、国家とは実態的な価値がある、といった意識)を上手にすくいあげていると言えるでしょう。(中略)国家はニュートラルな存在ではなく、それ自体が諸価値の実態であり、しかも、最終的には天皇という象徴によって可視化されるということです。(中略)言ってみれば、それは、国体を復活させようという意図なのです。(P.93)」要するに、自民党の新憲法案は日本人としての自覚、ナショナルアイデンティティを過剰に刺激している、ということである。

一つ疑問だったのが、そういう考えが「戦後、確かに、実態としては、世界有数の装備と兵力をもった自衛隊」や「日本のように、強大な軍事力を有しながら、(ともにP.94)」から読み取れるように、自衛隊を強力な軍事力とみなしている所から発生しているのではないか、ということである。日本人としての自覚や、ナショナルアイデンティティが問題になるのは、そこから排他意識が生まれるケースがあるからである。自国と同様に、他国も尊重できる場合、ナショナルアイデンティティは問題にならない。むしろ、一つの個性として確立できるだろう。(残念ながら、自称愛国者さんたちは無駄に好戦的な人が多いのも事実だけれど。) やはり、そのためには一身独立しなければならないのである。私は、各自が自分の国籍の価値や意味を、一旦疑ってみることを勧めたい。