Beauty & Chestnut

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石巻にて。ツールド東北 奥松島ライド

「それでは皆さま、脱帽をお願いします。黙祷!」
辺りはしんと静まりかえり、しばらくして遠くから鼻をすするような音が聞こえた。いろんな人が、様々な思いを抱えて今、この石巻専修大学に集まっている。誰か大切な人を亡くしてしまったのかな、と想像をめぐらしていたら、嗚咽が出そうになった。やや涼しさを帯びたものの、優しい風が吹く、9月16日の早朝の出来事である。


私がロードバイクを入手したのは6月下旬の事だった。フィールサイクルというエアロバイクのフィットネスクラブに通っていたのと、技術士会の友人から「もてぎエンデューロ」という自転車レースに出場したこと、身近にロードバイクに乗っていた人が結構いたことがキッカケでロードバイクに興味を持ち、色々と縁があってcerveloのR2というジェントルなロードバイクを我が家に迎えることになった。それからは毎週のように一緒に出掛け、あれよあれよと走行距離が伸びて行った。ちなみに、ツールド東北にエントリーした頃は自転車購入の目途は特に立っていなかった。


前日の15日に新幹線で宮城県へ向かった。輪行の初デビューであったが、特に不安は無かった。当日早朝のJアラートの影響で少しダイヤに乱れが出たものの、正午過ぎに仙台駅に到着。すぐに自転車を組み立てて45号線へ。宮城は1年前に来たことがあるぐらいで土地勘が無いが、市街地を抜ければシンプルな道路事情のため、進むべき道が分かりやすい。仙石線中野栄駅を過ぎた辺りからはもうナビが必要なく、地元の人のように走行することが出来た。路肩にガラスやプラスチックの破片が落ちている事を除けば、とても走りやすい。特に松島前後は海岸沿いになっており、程よいアップダウンと、よく整備された道路と、カラッとはれた青空と景色堪能しながら北上した。何て美しくて良いところなのだろう、と思った。時折追い越していく大型トラックが少し気になるが、それ以外は申し分ない。


宿は石巻に取っていたが、予定より早く着いたのでそのまま女川方面へ向かった。1年前に女川へ訪問した時に食べ損ねた「ホヤ塩ソフト」を食べるためである。引き続きアップダウンの険しい道を進み、30〜40分ぐらいかけて到着した。朝食を軽く食べたきりだったので、ペダルを回す足が少し重い。営業時間を調べていなかったので間に合うかどうか不安であったが、念願のアイスを食べることが出来た。私がツールド東北のジャージを着ていたので、お店の人が「明日走るのですか?」と話しかけてくれた。しばし閑談をし、時間が経ってしまったので女川駅から石巻駅輪行することにした。女川駅で自転車を解体していると、再び近くにいた男性から「明日走るのですか?」と話しかけられた。自転車乗りにとって大きなイベントであることは間違いないが、走らない人にとってこれだけ知られているイベントはそう多くない。ここでも少し閑談をしていたら、電車に乗り遅れてしまい、タクシーで石巻へ戻った。ちなみに、タクシーの運転手からも「明日走るのですか?」と聞かれたのは言うまでもない。小規模ながらイベント運営の経験がある身として、どうやればここまで広く告知出来るのだろうか、という興味を持った。


翌朝、宿をチェックアウトして自転車を組み立て、専修大学へ向かった。同じ方向へ向かうロード乗りの小集団を見かけたのでトレインにつかせてもらった。会場で受け付けを済ませ、スタートの時間を待つ。会場にはパンサーをはじめとする芸能人や有名ブロガーがチラホラ居た。同じチームになった人たちに挨拶を済ませ、出発を待つ。1/3ぐらいの参加者が地元の人だったと思う。震災の後から自転車に乗るようになった、と言った人が結構な割合でいた。彼らは何を思って自転車を購入し、そして今も乗り続けているのだろう。私は青森をはじめとして、東北が好きだ。関東とは遥かに異なる生活環境の中、彼らがどんな風習を持ち、どんな生活を送っているのか、とても興味がある。冬が長い地域の人は、物を考える時間が長いと思う。東北の人に、もっと話を聞いてみたい。


開会の式典が済み、45号を走って南下した。前日とは違ってギャラリーが多い。「頑張って!」「来てくれてありがとう!」という声援を、その日は何度も貰った。正直、頑張るほどの距離でもないし、速度でもない。それなのに、人から応援されるのがこんなにも嬉しいと思ったことは今までに一度もない。見知らぬ相手に「来てくれてありがとう!」なんて、私なら言えない。声援を送ってくれた人が、普段はどこに住んでいる人なのか知らない。もしかしたら東北の人ではないのかもしれない。それでも、一時の高揚であったとしても、誰かのために応援できるのは素敵な事だな、と思った。「応援していたら、応援されていた」というツールド東北のコンセプトが、活きている。大きなものを乗り越え、躍動感や生命力にあふれる声で、私たちを歓迎してくれている。それだけで気持ちがいっぱいになった。来てよかった。また来よう。


エイドステーションではダカラや水、海苔うどん、菓子パンやアイスを提供してもらった。欲を言えば海鮮類も食べたかったが、わずか70Kmの距離なので過補給になりかねない。まだまだ走れる!というところで楽しい一日が終わり、再び専修大学へ戻り、応援に来てくれた両親と合流して松島の宿へ向かった。慌ただしい3日間であったが、夏の思い出としては十分すぎるほどの出来事であった。